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当たり前に生きてます。
今回の、東北関東大震災で被災された方々に謹んでお見舞い申し上げますと共に、犠牲になられた方々、ご遺族の方々に、謹んでお悔やみ申し上げます。


対岸の火事ではないと言う事。
今回の大震災で、多くの方が思い知ったことでしょう。
私事ではありますが、2004年10月23日に起こった「新潟県中越地震」を経験しております。
どんな恐怖を味わったか、それは経験した人にしか知りえない恐怖でしょう。
そして、幸いにもその日、その恐怖を免れた多くの人にとっては「対岸の火事」だったことでしょう。

そう言った「温度差の違い」は感じますし、今日、私の相方がそのことを言っていたのでこの記事を書くに至ったわけです。

私は常々、どんな恐怖を経験しても、その恐怖を経験していない人とは恐怖感の共有はできないと、思っていました。
それは、共有できない相手が悪いわけでも、恐怖を経験した当事者が偉いわけでもなんでもなく、それって当然のことと思います。
だから私は、今回の震災で私の相方が地震の恐怖を実際に経験してくれたことが、安心に繋がったわけです。
不謹慎かもしれませんが、ほんとにそうなんです。

緊急地震速報に驚く。
少しの揺れにも敏感になる。

これらのことを共有できることが、私の微々たる安心に繋がっています。

人は自身に実際危険が及ばない限り、危機感は感じません。
私自身がそうでした。
私自身が、多くの天災に対して、「対岸の火事」でした。
それを恥じるのは、自身が「被災者」となった時です。
悲しいかな、人ってそうなんですよね。

そして、今。
あまりにも大きな、大きな大きな問題に直面しています、日本が。
さすがにこれだけ大事になると、対岸の火事ではなく(自身の生活も脅かしますからね)広範囲の多くの人が混乱し、今後の生活を考えるでしょう。

私たち夫婦は、今回の大震災で一時期ではありますが、住んでいる所を離れました。
遠くにある、その地で感じたこと。
それはやっぱり温度差でした。

結局私たちは、住み慣れたこの地へ帰って来ましたが、不安は日々募るばかりです。

対岸の火事ではないと認識すること。
=どんな人でも自己防衛の意識を持って、行動すること
が、大事なのかもしれません。


私たちは、とりあえず生きてます。
大事な友人、関わっている人たち。
一緒に飲んだ仲間。
元気でいることを信じています。
会った時は、カッコつけずに、「怖かったね!」と話しましょう。
会った時は、せめてその時だけでも楽しく過ごしましょう。


生きているからには、どんなことも「対岸の火事」と言う感覚は、もう、やめよう。

そう思いました。


-マユ記-



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【2011/03/23 22:23】 | 酔っぱの戯言 | page top↑
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